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延岡市(のべおかし)は、宮崎県北部に位置する市である。
人口131,585人(2008年6月現在)。中心地域は宮崎県北部の中心都市としての性格を有する。戦前より宮崎県内屈指の工業都市の性格が強く、旧北方町、旧北浦町との2006年の合併前の延岡市地域は旭化成の創業地工場群があるいわゆる企業城下町であった。
地理
東は日向灘に面し、その他は山に囲まれている。五ヶ瀬川・大瀬川・祝子川・北川・沖田川・浜川など多くの河川が市内を流れ、豊かな水郷としての性格を持つ。 延岡市東側の海岸は日豊海岸国定公園に、北西部は祖母傾国定公園に指定されている。
歴史
明治期、宮崎県設置により県庁が宮崎市におかれたことから、延岡は県庁から最も離れた旧城下町となった。これを近代化の遅れの予兆として受け止めた危機感覚が、後の工業都市としての発展の一因となる。旧延岡藩主であった内藤氏は数々の特権を公共化させ、銅山や電源開発に関わることで近代延岡の礎を築いた。また、小林乾一郎など旧藩士の働きも、延岡の近代化に大きく寄与した。
1923年に野口遵が日本窒素肥料(現チッソ)の工場を建設したのを機に、延岡は県内屈指の工業都市として発展する。昭和8年(1933年)にかけての延岡町・恒富村・岡富村の合併・市制施行は延岡進出の条件であり、日豊本線も進出に伴って開通した。1930年代末までに日窒系の工場が次々と建設され、大正11年(1922年)に2万3千人ほどであった人口は、昭和14年(1939年)には9万1千人を数え、宮崎県内最大の人口を有する都市となった。
第二次世界大戦後の財閥解体により日窒コンツェルンは解体され、延岡にある工場は旭化成として再出発した。1951年頃は人口の約半数・市税納入額の3分の2・市議会議員の3分の1が旭化成関係であり、文字通り「企業城下町」として栄えた。しかし、旭化成の経営戦略により延岡の比重は次第に小さくなったことや、大消費地から遠いこと、更には化学工業が石油中心となったことから以前ほどの経済力はなくなり、人口も1982年を境に減少している。
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